米軍の残虐非道

太平洋戦争中の米軍による日本人に対する残虐行為は、人種差別に根ざすものだと英国人ジャーナリストのラッセル・スーパーは述べている。「米国人は絶望的になっている敵国人を殺戮することに気が咎めなかった。米国の高官連中は公然と『日本人を殺すことは…

日米開戦の原因

日本時間1941年12月8日未明、ハワイ時間12月7日日本海軍機動部隊はハワイオアフ島真珠湾にあった米国海軍の太平洋艦隊と基地に対して奇襲攻撃した。翌日ルーズベルトの要請により米国議会は米国と日本は開戦したと宣言した。12月10日ヒトラーは軍部の反対…

日独伊三国同盟

1933年国際連盟を脱退した日本陸軍内部では、国際的孤立を防ぐため同様に連盟を脱退したドイツ・イタリアと接近すべしという主張が唱えられた。ソ連では35年7月の第7回コミンテルン大会で日独を敵と規定するなど、反ソで両国の利害は一致していると考えら…

通州事件・第二次上海事変

1937年7月29日午前2時通州事件が発生した。この事件は日本の教科書に一切掲載されていない。通州の日本軍守備隊は主力が南苑攻撃に向かっていたため留守部隊110名程度であった。3,000人の冀東防共自治政府保安隊が教導総隊長・殷汝耕を捕獲し、日本…

西安事件・盧溝橋事件

1935年7月25日から8月20日にかけて第7回コミンテルン世界大会がモスクワで開催された。根本政策の第一は理想論を捨て各国の事情を考慮して現実的に対応し、大衆を傘下に呼び込みファシズム及びブルジョワ機関へ潜入し内部から崩壊させること。第二に主た…

満州事変----⑤

1933年3月4日ロスチャイルドに魂を売ったルーズベルトが米国大統領に就任した。ルーズベルトのフルネームはフランクリン・デラノ・ルーズベルトという。デラノは彼の母方の家名であり、デラノ家はアヘン戦争以降アヘン貿易と支那人奴隷貿易で巨万の富を築…

満州事変----④

斎藤実内閣は33年3月11日国際連盟脱退を閣議決定した。3月27日日本政府は国際連盟脱退に関する詔書を発表すると共に連盟に脱退を通告した。同年4月失意のなか帰国した松岡洋右を待っていたのは、国民の大歓声だった。新聞は「松岡の姿は凱旋将軍のようだ…

満州事変----③

1932年5月15日日曜午後5時半頃警備も手薄のなか、総理公邸に海軍の青年将校らの一団がピストルを振りかざして乱入した。犬養首相は全く慌てず「話せば判る」と将校達を応接室に案内した。暫くして「撃つぞ」「撃て」という叫びが聞こえピストルの音が響い…

満州事変----②

1925年3月孫文の告別式に国賓待遇で迎えられ祭文を朗読した犬養毅に31年12月13日組閣の大命が降下した。陸軍大臣に荒木貞夫が就任した。この背後に軍事課長永田鉄山・政友会小川平吉ルート及び軍事課支那班長鈴木貞一・政友会森恪ルートからの強要があった…

満州事変----①

1931年9月18日午後10時20分頃、奉天郊外の柳条湖付近満鉄線路上で関東軍自作自演の爆発が起きた。現場は3年前の張作霖爆殺事件の現場から、僅か数キロの地点である。関東軍はこれを張学良軍による破壊工作と発表し直ちに軍事行動に移った。関東軍は柳条湖…

満州事変前夜----③

1927年に「現在及び将来に於ける日本の国防」で満蒙領有論を構想していた石原莞爾中佐は28年10月10日関東軍作戦主任参謀に就任し、翌29年5月14日板垣征四郎大佐が関東軍高級参謀となった。29年5月19日日本陸軍内に歩兵第3連隊長・永田鉄山大佐を中心とす…

満州事変前夜----②

ソ連追出しに失敗した張学良は、その矛先を日本の権益と日本人に向けた。まず満鉄を自滅させるために、満鉄の平行線(打通線・奉海線)の輸送単価を安価に設定して運営させた。満鉄は30年11月以降毎日赤字続きに陥り、社員3,000人の解雇、昇給一ヵ年停止、…

満州事変前夜----①

1928年6月第二次北伐が終り支那統一が実現した後、蒋介石・国民政府の外交部長・王正延は革命外交を打出した。革命外交とは相手国を無視した支那側の一方的な通告で不平等条約の全てを廃棄し無効にするという外交政策で、日本が日露戦争で獲得した旅順・大…

張作霖爆殺事件----③

前出加藤康男氏によれば「蒋介石・国民党軍と張作霖・北方安国軍と戦っているさなかの27年7月張作霖の子息張学良は国民党に極秘入党し、国民党内の共産党分子と通じていた。爆殺された張作霖の跡を継いだ張学良は、28年9月8日それまで使用していた五色旗…

張作霖爆殺事件----②

ロシア人歴史作家ドミトリー・プロホロフによれば、「張作霖は日本の支援で満州を支配していたが、ソ連は張作霖と1924年9月『中国東北鉄道条約』を結んでいた。しかし、鉄道使用代金の未納が1,400万ルーブルに及び、ソ連は26年1月鉄道使用禁止を通達し…

張作霖爆殺事件----①

1926年12月北京に陣取る軍閥は「北方安国軍」を組織して張作霖が大元帥の地位に就いた。日本政府は27年5月〜28年4月邦人保護を口実に山東半島に出兵し蒋介石・国民党軍の北伐に武力干渉した。28年4月国民党軍は欧米の支援を得て態勢を立て直して再度北京…

21ヵ条要求の顛末----③

1914年に世界大戦が勃発すると米国の工業は軍需景気に沸いた。莫大な物資の輸出によって、19世紀末の鉄道ブーム時代から累積した対外債務を一掃し世界最大の債権国となった。大戦終結後、帰還兵による住宅ブームや大量消費、特に自動車やラジオ等の新技術…

21ヵ条要求の顛末----②

世界大戦中の1917年11月7日 FRBを設立して米国を支配したロスチャイルド等金融資本家によるロシア革命が成った。これで米ソ蜜月がスタートした。しかしそれを隠蔽するために彼等は米ソ冷戦構造を構築して世界を欺いた。戦争ビジネスと世界人口削減のため…

21ヵ条要求の顛末----①

ドイツ陸軍がベルギーに侵攻したことを確認した英国は、1914年8月4日ドイツに宣戦布告した。 (第一次世界大戦) 8月7日英国は膠州湾を拠点とするドイツ艦隊を撃破して欲しいと日本に要請。ところが米国が反対したためこの要請は取消された。その後日英の…

戦争に勝利したら四面楚歌

日露戦争(1904年〜1905年)後、日本と列強との関係に大きな変化が生じた。その第一は講和条約締結の斡旋の労をとった見返りとして米国は鉄道王ハリマンを派遣して、南満州鉄道の共同経営を提案させた。桂・ハリマン覚書が取交されたがポーツマスから帰った小…

旅順虐殺は米人記者の捏造

1894年12月11日ジェームス・クリールマンは、発行部数を増やすために敢えて扇情的な記事を売物にするイエロー・ペーパー「ニューヨーク・ワールド」に次の記事を寄稿した。「日本軍は11月21日に旅順入りし、冷酷に殆ど全ての住民を大虐殺した。無防備で非武…

近親相姦による遺伝子劣化

2013年5月 ソウルの宗廟市民公園で酒に酔った黄(38歳)は、朴(95歳)が「日本の統治時代は良かった」と述べたことに腹を立て、朴を蹴り倒し杖を奪って頭を集中的に殴打した。朴は収容先の病院で死亡し、9月10日ソウル地裁は黄に懲役5年を宣告した。判決…

国威発揚が国際信用失墜へ

2018年に開催される平昌冬季五輪は、二度の落選を経て2011年7月李明博大統領と前 科のある下記3名らの努力で66%の支持を得、独・仏を破って誘致に成功した。 ・李健煕 IOC委員会委員 サムスン電子会長 08年脱税 09年12月李明博令にて恩赦 ・朴容晟 …

手の平返しの被害者顔

1989年11月 日本サッカー協会は、国際サッカー連盟(FIFA)に02年W杯開催国立候補の意思表示をし、招致活動を開始した。日本の立候補を知った韓国は、それを阻止するために93年11月立候補を表明。韓国は94年にFIFA副会長の座を獲得した大韓サッカー…

日本に絶対勝てない韓国④

2010年11月 韓国の鉄道車両から兵器まで生産している現代ロテムは、ウクライナ高速鉄道の車両10編成90両(3,500億ウォン)の売込みに成功した。写真で見る限りその高速鉄道の車内は実に見事だが、12年12月納品直後のわずか半月間の試運転で毎日1〜2…

日本に絶対勝てない韓国③

1973年 韓国政府は日韓基本条約に伴う対日請求権資金による資本と新日鉄・日本鋼管からの技術導入により国営の浦項総合製鉄所第一期設備を建設した。ベトナム戦争参戦を契機に急成長するなかで、83年粗鋼生産能力910万トンの浦項製鉄所を完成。85年から最…

日本に絶対勝てない韓国②

2010年は李明博大統領の絶頂期で、日本の民主党政権は朝鮮傀儡であり、民主党幹部の殆どが李明博の息がかかっていた。野田佳彦の総選挙当選の挨拶は、まず民団にという有様であり、李明博は菅直人や野田佳彦を完璧に馬鹿にし、テレビやあらゆる会合で「日本…

日本に絶対勝てない韓国①

韓国研究家・松木国俊氏は韓国が日本に追いつけない本質的要因を三っ挙げている。その第一は、韓国では儒教の影響で、身体を動かして働く人に対する蔑視が残っていて、ホワイトカラーはブルーカラーを数段下の人間と見る。李朝時代、物作りは奴隷の仕事とさ…

韓国独立記念館も歴史捏造

韓国の反日のための独立記念館建設は、1982年6月の第一次教科書問題が発端となった。同館は全斗煥大統領が韓国民の募金で、87年8月15日の光復節に合わせて開館した博物館である。教科書問題は日中戦争に関わる記述を「侵略」から「進攻」へと書換えたため…

姓名を奪った?それも嘘!

日清戦争で勝利した日本は、清国と1895年4月17日下関条約(中国では馬韓条約)を締結した。その第一条に「清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス。因テ右独立自主ヲ損害スへキ朝鮮国ヨリ清国ニ対スル貢献典礼等ハ将来全ク之ヲ廃止スへシ」…