日米開戦時の駐米大使館参事官井口貞夫は、自分達の落ち度が「騙し討ち」だと非難されたことに憤慨。それを度々聞かされた息子の武夫は、父の汚名を雪ぐべく対米覚書手交の遅れの原因研究に取組み、その裏にあった陰謀を突き止めたのである。41年12月3日に…
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